人物
・善積璃乃(10)
・善積璃乃(17️)
・安西沙綾(17️)東麻高等学校の学生
・善積恵(20,27)
・伊藤悦子(56)孤児院の職員
・善積明美(57)善積興産運営者
・善積信子(77)善積興産運営者


【◯孤児院・外観】


【◯同・孤児院・庭・中】
 自転車を自分の脇に寄せ、孤児院へ続く車道前で佇んでいる善積璃乃(10)。
 鳥のキーホルダーが自転車の鍵穴横で揺れている。
璃乃の声:
「知らない道を自転車で走ると、まるで知らない世界へ連れて行ってくれるみたいでワクワクしてた」
 伊藤悦子(56)が璃乃の頭を撫でる。
悦子:
「自転車も持って行こうね」
 善積恵(20)が璃乃に歩み寄り、ぎこちない笑顔を璃乃に向ける。
恵:
「初めまして、これから宜しくね」
 悦子を真似て恐る恐る璃乃の頭を撫でる恵。

【◯登美村・全景】
 山に囲まれている村の全景。T「7年後」。


【◯同・村・道】
 車輪付き神輿の周りを踊り子が踊り、二段の神輿の一段目でおはやしを吹いている善積恵
 (27)、和太鼓を叩いている善積明美(57)を含め総勢20名の演者たち。
 その全員が女性。神輿の周りには大勢の見物人がいる。
 善積璃乃(17)が2段目で踊っている。
 浴衣の帯に鳥のキーホルダーがぶら下がっている。

【◯善積興産・外観(早朝)】
 平屋建ての家。善積家の全景。


【◯同・善積家・居間・中(早朝)】
 居間で食卓を囲んでいる璃乃と恵(27)、明美、善積信子(78)と他16名の女性たち。
 周りががやがやしている中、高校の制服を着て黙々と食事をしている璃乃。
璃乃:
「ごちそうさまでした」
 食器を重ねて持ち上げ、席を立つ璃乃の様子を見ている恵と明美と信子。
明美:
「最近ずっとああだね……無表情で何を考えているんだか。思春期ってやつか」
信子:
「ここにいる養子縁組をした全員が通って忘れる道さね。ほほ」

【◯同・善積家・門・外(早朝)】
 車道の水たまりを避けて歩く璃乃を門前にいる恵が呼びかける。
恵:
「今日は葬儀があるから喪服、部屋に置いておくよ」
 振り返らずに返事をする璃乃。
璃乃:
「分かった」
璃乃の声:
「この村では、この家が祭事を仕切っていて、20歳になったら女の子を施設から引き取って祭事を教え込む。本家と分家が同じ家で暮らし、日本文化の伝統を受け継いでいく。全員が独身の女性だ」
 家へ引き返す途中で璃乃の自転車が目に留まる恵。
 自転車には蜘蛛の巣が絡み、雨粒に照らされてキラキラと光っている
璃乃の声:
「私は自転車に乗らなくなってた」


【◯東麻高等学校・外観】
 高校の全景。

【◯同・高校・教室・中】
 クラスメイトたちが騒いでいる中、本を読んでいる璃乃。璃乃の目の前に写真
 が差し出される。写真には神輿の上で踊る璃乃が写っている。
 璃乃が顔を上げると安西沙綾(17)がいる。
沙綾:
「これ善積さんでしょ? 私、隣の組の安西沙綾」
 璃乃の前の席に座る沙綾。
沙綾:
「善積さんの家、有名な祭事の家だって狭い村なのに、これ見て初めて知った」
璃乃:
「璃乃で良いよ。普段は裏方がメインだからね。お祭りは4年に1回しかないし」
沙綾:
「だから放課後いないんだぁ。家の手伝いなんて偉いね」
璃乃:
「そのために私はあの家にいるから」
沙綾:
「役割ってやつだ。いつも本を読んでいるよね。本が好きなの?」
璃乃:
「本を読んでいると時間が過ぎるのが早いから読んでいるだけだよ」
沙綾:
「ふーん? 親がさ、本を読めってうるさいの。でも活字を見るとめまいがしてくる体質でさ」
 璃乃の顔をじーっと見る沙綾。
璃乃:
「なに?」
沙綾:
「化粧映えする顔ってこういう顔なんだ。メイク今度教えてくれない?」
璃乃:
「え……うん……良いけど昼休みしか教えられないよ」
沙綾:
「あー……そうか……じゃあサボろう!」
璃乃:
「そんなのダメだよ」
沙綾:
「え~……璃乃って真面目なんだね」
 チャイムが鳴り、生徒が自席に戻り始める。
沙綾:
「じゃあまたね!」
璃乃:
「うん」

【◯同・体育館・中】
 バスケの授業をしている璃乃が何本もショート決めている様子を、体操の授業を受けている沙綾が見ている。

【◯同・渡り廊下・中】
 生徒たちが体育館から校舎へと続く渡り廊下を歩いている。その中に璃乃の姿。
 後ろから沙綾が走ってくる。
沙綾:
「璃乃!」
璃乃の横を歩く沙綾。
沙綾:
「さっきの見たよ。何本もシュート決めてた。凄い! シュって!」
笑顔になる璃乃。
沙綾:
「あ! 笑った!」
璃乃:
「ん?」
沙綾:
「璃乃ってさ、なんでもできるけど全然楽しそうじゃないんだよね。クール? っていうの? 本を読んでいる時もバスケしている時も、お祭りで踊っている時も全然楽しそうじゃないんだもん」
璃乃:
「……そうかな」
沙綾:
「本当は好きじゃないんじゃない?」
璃乃:
「え?」
沙綾:
「本当に好きなことをすれば良いのに。私ね、英語を生かして海外で働きたいの。だから国際大に行くんだ。璃乃は?」
璃乃:
「私は……家業を継ぐって決まってるから」 
 遠くで沙綾を呼ぶ声がする。手を振って応える沙綾。
沙綾:
「そっか、家業を継ぐんだ。でもさ、得意なものが英語しかない私には、璃乃のことは分からないけどさ、好きなものは好き、嫌いなものは嫌いってハッキリしないと自分を見失っちゃう気がするよ」
璃乃:
「でも好きなことなんか……今さらって感じだし」
 沙綾は険しい表情で璃乃の前に立つ。
沙綾:
「もし璃乃にやりたいことがあって、今までやりたいことができない理由を家の事情のせいにしてきたんだったら、そんな璃乃はダサいと思う」
 ムッとする璃乃。
 表情を崩して笑顔になる沙綾。
沙綾:
「じゃあね」
 三人組の女子と合流し笑い合う沙綾。
璃乃の声:
「私と沙綾は置かれている状況が全然違う。でも、もし、今の家に引き取られていなかったら、私は何をしていたんだろう」
 友人と楽しそうに話している沙綾の様子を見ている璃乃。
璃乃の声:
「友達と買い物に行ったり、部活をしたり、好きな男の子の話で盛り上がったりしたのかな」
璃乃:
「ダサいってなによ……」

【◯斎藤家・外観(夕)】
 葬儀用の看板が立てかけてある戸建ての家の全景。

【◯同・広間・中(夕)】
 葬儀の準備をしている善積家の面々。遺影を立てる璃乃。
璃乃の声:
「私、ダサいまま、この村で死んでいくのかな」
 光が反射して顔の見えない遺影。

【◯善積興産・外観(夜)】
 平屋建ての家。善積家の全景。

【◯同・台所・中(夜)】
 台所で仕込みをしている璃乃と恵。
恵:
「璃乃、ここの仕事好き?」
璃乃:
「好きでも嫌いでもないよ」
 鍋の火力を上げ湯を沸騰させる恵。湯の煮えたぎる音が台所にも充満する。
恵:
「もしやりたくないなら、やらなくて良いのよ?」
 眉根を寄せる璃乃。
璃乃:
「……でも私……ここの仕事をするために引き取られたんでしょ? 仕事をしなくていいなら私はなんのためにここにいるの?」
恵:
「私には……璃乃を選んだ責任がある。あなたの人生の責任があるの。それで考えたの。ここの伝統は古くて時代に合ってない。だから私の代で終わらせても良いと思ってるの。璃乃にはやりたいことをやって欲しい」
璃乃:
「……なに? やりたいことなんて今さらないし。なによ、みんな。今さら……遅いよ」
 エプロンを脱いで台所から出ていく璃乃。鍋の火を消す恵。

【◯同・玄関・中(朝)】
 一同が統一の衣装に身支度をしている中、普段着で玄関へ向かう璃乃。

【◯同・居間・中(朝)】
 窓越しに璃乃が自転車にまたがり、走っていく。

【終】

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