人物
・鷹司美姫(25)鷹司ホテル令嬢
・凪千瑛(30)美姫の世話役
・凪陽鞠(20)新人世話役
・佐藤栄作(52)弁護士
・運転手
・株主総会男性登壇者
・鷹司家別荘シェフ
・鷹司家別荘メイド3名



【◯林道・車道】
 木立が並ぶ車道をロールスロイスが走っている。
『軽井沢』の案内板。

【◯鷹司家別荘・門扉・外】
 噴水のある広い庭を持つ豪邸。敷地に砂利が敷き詰められている。門扉が開きロールスロイスが入っていく。

【◯同・前庭・中】
 凪千瑛(30)と凪陽鞠(20)が玄関へ出てきて待機をする。少し離れてコック帽を被っているシェフと メイド3名も待機をする。
 ロールスロイスから運転手が降り、後部座席のドアを開く。後部座席に鎮座している鷹司美姫(25)が手を浮かせる。
 運転手がその手を取ると美姫は地面へと降りる。
 千瑛が美姫に歩み寄る。
千瑛:
「お待ちしていました」
 運転手は一礼し、美姫から離れ、ロールスロイスに再び乗り、去っていく。
美姫:
「千瑛ちゃん、今年も宜しくね。……あの子が?」
 陽鞠を見やる美姫。頷き、陽鞠に手招きをする千瑛。
 ぎこちなく歩み寄り挨拶をする陽鞠。
陽鞠:
「今年からお世話になっている陽鞠です……。……わぁ凄いキレイ…………」
美姫:
「千瑛ちゃんから、あなたの事を色々聞いているのよ。だから初めて会う気がしないわ。でもやっと会えた」
陽鞠:
「……想像以上に美姫さんがおキレイで緊張します」
美姫:
「ありがとう。でもね、このメイク、ヘアスタイル、ファッション、全て千瑛ちゃんを見て真似して勉強したものなのよ」
 美姫は千瑛の腕をとってにっこりとする。慌てる千瑛。
千瑛:
「とんでもないです。お嬢様。私がお嬢様の手本になるなんて」
美姫:
「本当のことよ」
陽鞠:
「姉は姉妹の中で一番美人でセンスが良いんです。でも姉から聞いていたより遥かにお嬢様はおキレイで……。姉は人だけどお嬢様は人でなくて妖精みたい。生きているのが不思議な気がしてしまいます。それくらいおキレイです」
 千瑛と笑い合う美姫。

【◯ホテル・全景】
 重厚な雰囲気のあるホテル。
 出入り口脇に立てられた看板に”鷹司ホテル株主総会会場”と書かれている。ホテル前の駐車場は満車になっている。

【◯同・大広間・壇上・中】
 マイクを持ち、必死に頭を下げている男性。ステージ下ではスーツを着用した人がひしめき、男性に向かってなにかを叫んでいる。紙コップやペットボトル、イスが男性に投げつけられ、男性は倒れる。カメラのフラッシュが瞬く。
 起き上がる男性。

【◯鷹司家別荘・寝室・中(朝)】
 格調高い室内。天蓋付きセミダブルベッドで美姫が眠っている。
 千瑛が窓際へ行き、カーテンを開ける。
 差し込んだ日差しが美姫の顔を差し、美姫が目を覚ます。
千瑛:
「おはようございます。お嬢様」
美姫:
「……おはよう、千瑛ちゃん」
 取っ手付きの銀の盆に朝食を乗せ、陽鞠が寝室へ入ってくる。
美姫:
「今日は宝山が来る日ね」
陽鞠:
「どなたです?」
美姫:
「画商をしている人よ」
 千瑛が美姫の腕にブラウスの袖を通す。
美姫:
「宝山はお父様のお気に入りを見つけるのが上手いの……でも……お父様はしばらくここに来ていないけど。もう私、なん年もお父様には会っていないわ」
 美姫を見やる千瑛。視線に気付く美姫。ふっと笑う。
美姫:
「今年はどう?」
千瑛:
「……ええ……鮮やか、と言いますか……なんと言いましょう。言葉では言い表せません。あれは。今年も見応えがありますよ」
陽鞠:
「なんの話ですか?」
美姫:
「ここにはね……良いわ。連れて行ってあげる」

【◯同・画廊・中】
 重厚で華やかな画廊。沢山の絵画が掛けられている。
 美姫がその中の一枚を眺めている。千瑛はその様子を見守り、陽鞠は千瑛の後ろで絵をしげしげと見ている。
美姫:
「来て良かった。去年はここまで鮮やかな色彩じゃなくて、もっとくすんだ緑だった」
陽鞠:
「絵の色が変わるんですか?」
美姫:
「そうなの。私のちょっとした趣味よ。温度と湿度で変化する特別な顔料で着色しているの。この軽井沢の温湿度で特定の色が出る仕掛けになっているのよ」
陽鞠:
「へぇー」
 軽口を叩いて千瑛に小突かれる陽鞠。自分の口を抑える。笑顔になる美姫。
美姫:
「絵が一番鮮やかに発色をする時期にここに来て過ごして、絵が色褪せてきたらここを出て行くのよ」
陽鞠:
「お嬢様はこちらにいない時はどちらにいらっしゃるんですか?」
 眼を吊り上げて陽鞠を睨む千瑛。
美姫:
「うちのグループホテルを転々としているわ」
陽鞠:
「なら日本全国にあるから行きたい場所にいつでも行けるんですね。羨ましいです」
溜め息をつく千瑛。美姫の顔が曇る。
美姫:
「……どこにでもいつでも行けるということは、私はどこにいても良いということだわ。誰にも気にされないということは居場所がないのと一緒よ」
千瑛:
「……」
 車が砂利を踏む音が聞こえる。


【◯同・画廊・窓際・中】
 窓から前庭を覗く美姫。
美姫:
「宝山かしら?」

【◯同・前庭・中】
 ロールスロイスが前庭へ入ってくる。

【◯同・画廊・窓際・外】
 窓から見を乗り出す美姫。
美姫:
「お父様の車だわ!」
 千瑛と陽鞠に嬉しそうな笑顔を向ける美姫。

【◯同・画廊・中】
 駆け出して画廊を出る美姫。後に続く千瑛と陽鞠。

【◯同・前庭・内】
 ロールスロイスの後部座席から佐藤栄作(52)が出てくる。栄作の上着に弁護士のバッチ。
 佐藤に駆け寄る美姫。
美姫:
「佐藤さん!」
 立ち止まり会釈をする佐藤。
佐藤:
「……美姫さん」
美姫:
「お父様は?」
 ロールスロイスをちらりと見る美姫。
佐藤:
「今日はおいでになりません」
 肩を落とす美姫。
美姫:
「……そう」
佐藤:
「……美姫さん、お話があります。美姫さんだけでなく皆さんも含めて。広間に皆さんを集めてください」

【◯同・広間・中】
 応接用ソファとテーブルだけがあるシンプルで広い広間。
 ソファに座り、対面している美姫と佐藤。
 シェフ、メイド3名、千瑛、陽鞠が美姫側のソファの後ろに並んでいる。
佐藤:
「大切なお話があり、私は今日ここに来ました。先日株主総会があり、経営が傾いている鷹司ホテルを立て直す為に、生産性がないと思われる鷹司個人が所有している別荘を売却することになりました」
美姫は両手を握りしめる。
美姫:
「……つまり?」
佐藤:
「つまり……皆さん、ここにはもう居られません。本日をもってここは閉館とします」
ざわつく、シェフとメイド3名。固唾を飲んでいる千瑛。千瑛の腕に身を寄せる陽鞠。
美姫:
「嫌です。出てなんて行きません」
佐藤:
「美姫さん。ここは敢えて厳しい事を言いましょう。その方が貴方の為ですから。
美姫さん、貴方が世間でなんと呼ばれているかご存知ですか?」
 佐藤を睨む美姫。
佐藤:
「日本の! マリー・アントワネット! と呼ばれているんですよ。鷹司ホテルの経営を傾かせたのは美姫さんだと……考えている方たちが大勢いるのですよ。マスコミがもうすぐここに来ます。その前にここを出て行くのです」
美姫:
「こんな時でも、父はここには来てくれないのですね」

【終】

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